土曜日の昼下がり、僕は昼寝をしていて夢を見た。夢の中で僕はもう一人の僕と出会った。もう一人の僕は何だか不満げな顔をしていた。
「君に伝えなければならない大事な話があるんだ。落ち着いて聞いてくれ」
もう一人の僕は少し慌てている様子だった。
「落ち着いて聞いてくれ。君は明日この世界からいなくなる」
僕は理解に苦しんだ。僕はもう一人の僕に質問した。
「この世界からいなくなるってどういう意味なんだ? 僕は明日死ぬのか?」
「それは明日にならないとわからない。とにかく君は明日この世界からいなくなる。伝えたいことは伝えた。僕はこれで失礼するよ」
そう言うともう一人の僕はフッと姿を消した。そこで僕は夢から覚めた。
今の夢は一体何だったんだ? 僕は夢の中で出会ったもう一人の僕に伝えられた話が信じられなかった。いやな夢を見た。不快感でいっぱいだ。僕は不快感を払拭すべく、とりあえず散歩に出かけた。
自宅を出て五分ほど歩くとコンビニがある。僕はそのコンビニでペットボトルのお茶を買い、いつも散歩の途中で立ち寄る公園へと向かった。
公園に着くと僕はベンチに座り、先程コンビニで買ったお茶を飲み喉を潤した。一息ついてからさっき見た夢の内容を思い出してゆっくりと考えてみた。
僕が明日この世界からいなくなる? 悪い冗談はよしてくれよ。夢の中で出会ったもう一人の僕はどこの世界からやって来たんだ? この世界からいなくなったら僕は一体どうなるんだ?
考えがまとまらない。にわかには信じられないが、僕は明日この世界からいなくなる、らしい……。僕は明日この世界からいなくなるという事を信じてみてもう一回ゆっくりと考えてみた。
今は午後二時を少し過ぎたところ、この世界にいられるのはあと約十時間だけだ。残された時間、この世界で何がしたい? 何をしなくちゃいけない? ゆっくり考えろ……。
お茶を飲みながら考えること三十分、僕はこの世界でしたい事としなくちゃいけない事を実行に移すべく自宅へと戻った。
自宅へ戻ると僕はこの世界でしたい事としなくちゃいけない事を紙に列記して優先順位を付けた。僕はまず最初に実家の両親に電話をかけた。この世界からいなくなるのなら最後に両親に僕の元気な声を聞かせ、両親の元気な声を聞いておきたかった。
実家に電話をかけたら父さんも母さんも元気そうな声をしていた。父さんと近いうちに一緒に酒を飲む約束をしたが、明日この世界からいなくなる僕にはおそらく果たすことのできない約束だ……。
僕はこの世界でしたい事としなくちゃいけない事を列記した紙を見なおした。残された時間で全てを終わらせることはできそうにない。僕は必要最低限のしたい事としなくちゃいけない事に項目を絞る事にした。
考え抜いた末に僕が選んだ項目は、レンタルショップから借りている洋画のDVDを観て返却することだった。残された時間を少しでも楽しみたい、借りた物はちゃんと返さなきゃ、そう思ったからだ。人間は切羽詰まると意外な選択肢を選ぶのかもしれない。
僕はビールと宅配ピザを口にしながら洋画のDVDを三本続けて鑑賞した。観終えるとDVDをレンタルショップに返却しに行った。
自宅に戻ると時刻は午後九時半を過ぎていた。僕に残された時間は約二時間半。僕は残りの時間をゆっくりと酒を飲んで過ごす事にした。僕は好きな酒を好きなだけ飲み、そしていつのまにか酔いつぶれて寝てしまった。
僕はまた夢を見ている。だって僕の目の前にもう一人の僕がいる。もう一人の僕は満足げな顔をしてゆっくりと話し始めた。
「やあ、また会ったね。君はつい先程あの世界からこの世界に移った。君はこれからこの世界で生きてもらうことになる」
どうやら僕は寝ている間に別の世界に移ったようだ。僕はもう一人の僕に質問した。
「君の言う『あの世界』と『この世界』に違いはあるのかい?」
「大きな違いはないよ。ただあの世界ではもう生きる事はできないんだ」
「そっか、それはさみしいな。やり残した事がたくさんあったのに……。ところで『この世界』は何と言う世界なんだい?」
「この世界は『今日』と言う世界だ。この世界に移ってきて早々で悪いけど君に伝えなければならない事がある。落ち着いて聞いてくれ。君は明日この世界からいなくなる。『昨日』と言う世界を生きる事はできないんだ」